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2014年1月

2014年1月30日 (木)

昨日ご紹介した昔話「かさじぞう」はとても有名ですね。

岩崎京子さんが書いた「かさこじぞう」は小学校低学年の教科書に

採用されているので、覚えのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。

このお話の背景は決して明るくはないのですが、
爺さまと婆さまの

清らかな心、優しい心が読み手まで伝わり温かな気持ちに、そして

その行いが報われるという最後の数行に「あぁよかった」と安心して

本を置くことができます。子どもたちには他人を思いやる気持ちの大切さ

と共に心の豊かさの大切さ教えてくれますね。物語には描かれていませんが

傘の足りなかったお地蔵さまに自分が被っていた手ぬぐいを被せた爺さまは

吹雪の中、ほんとうに大変な思いをして帰ったはずです。

「自己犠牲の上に正義がある」と言ったアンパンマンの作者やなせたかしさん

の言葉が頭を過ぎりました。


・ ・ 明日のおみくじ  吉

小さい望み持ちて辛抱すれば、ついには大望とげるべし

2014年1月29日 (水)

かさこじぞう

 むかしむかし、あるところに爺さまと婆さまがありましたと。

たいそう貧乏で、その日その日をやっと暮らしておりました。

ある年の大晦日、爺さまはため息をついていいました。

「ああ、その辺までお正月さんがござらっしゃるというのに、餅この用意もできんのう。」

「ほんにのう。」と婆さま。婆さまは夏の間に刈り取っておいた菅を見ていいました。

「爺さま、爺さま。傘ここさえて、町さ売りに行ったら、餅こ買えんかのう。」

傘が五つできると、爺さまはそれを背負って、出かけました。

町は正月の買いもんの人で大賑わいです。「ええ、傘や、傘やぁ。傘こはいらんか。」

爺さまは声を張り上げましたが、誰も振り向いてはくれません。

「年越しの日に、傘こなんか買うもんはおらんじゃろう。」

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仕方なく、爺さまは帰ることにしました。村のはずれの野っ原まで来たころに、

風が出てきて、ひどい吹雪になりました。ふと顔を上げると、道端に地蔵さまが

六人立っています。お堂もなく、木の影もなし、ふきっさらしの野っ原なもんで、

地蔵さまは、片側だけ雪に埋もれているのでした。

「おお、気の毒にな。さぞ冷たかろう。」爺さまは、地蔵さまの雪をかき落とし、

冷たい肩やら背中やらを撫でました。そして、「そうじゃ。この傘こを被ってくだされ。」と

売り物だった傘を地蔵さまに被せると、飛ばぬようにしっかり顎のところで

結んであげました。ところがひとつ足りません。

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爺さまは、自分の手ぬぐいを取ると、「おらのでわりいが、耐えてくだされ。」と

最後の地蔵さまに被せました。

爺さまは家に帰り、婆さまに地蔵さまの話をしました。

婆さまは嫌な顔ひとつしないで、「それはええことをしなすった。」と

爺さまをねぎらいました。それからふたりは食事を済ませ、休みました。

真夜中、雪の中を「じょいやさ、じょいやさ」とそりを引く掛け声がします。

耳を澄ませて聴いていると「六人の地蔵さ 傘こ取って被せた 

爺さまの家はどこだ 婆さまの家はどこだ。」と歌いながらだんだんと近づいて

来るのです。そして家の前まで来ると「ずっさん ずっさん」と何やら降ろしていきました。

爺さまと婆さまが、起きて覗いてみると、傘こを被った地蔵さまと、手ぬぐいを被った地蔵さまが

空そりを引いて帰っていくところでした。

軒先には、米の餅、栗の餅の俵や味噌樽、人参、牛蒡、お飾りの松などがあり、

爺さまと婆さまはよいお正月を迎えることができましたと。


参考資料   岩崎京子 作 「かさこじぞう」

 

2014年1月28日 (火)

三年間の軌跡

先週の土曜日、神戸文化ホールへ地元高校、吹奏楽部の

定期演奏会を聴きに出掛けてきました。三年生にとっては引退と

なる舞台です。全国大会で入賞するほどの実力を持つ「マーチング」

演奏は観ていてとても感動するもので、よい心の洗濯ができたと思います。

キラキラと輝いた表情の学生たちを見て、三年間やり遂げたということが、

きっとこれから先の大きな自信となって行くのだろうと感じました。

私自身が学生の頃、それほどまで打ち込める何かを見つけることが

出来ずに過ごしてきたためか少し羨ましくも思え、希望にあふれる姿が

眩しかったです。

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これから先、プロの音楽家を

目指す人、趣味で続けていく人、

新しい世界へ進む人、道は

様々だと思います。けれど、

三年間の努力と忍耐、

嬉しかったこと、辛かったこと、

すべてのことを糧にきっと

大きく羽ばたいていくのだろうと

頼もしく思いました。

心からエールを贈りたいです。

毎年多くのお祝いのお花や

品物が届けられています

写真は 2013年度時



・ ・ 明日のおみくじ   吉

我を高ぶり人をみくだす時は、程なくわざわいの身にいたる。つつしみあるべし。

2014年1月27日 (月)

日中、わりと暖かな日々が続きますね。

待ちわびた侘助の開花も早まりそうです。立春も近く、

このまま暖かくならないかしらと思ってしまいますね。

まだまだそうはならないと分ってはいても期待してしまいます。

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朝、いつも通る道筋に一軒の車屋さんがあります。

街にあるような大きな店ではなく、古くからある小さなお店です。

開店前に掃除をすることは特に珍しいことではありませんが、

その店が好きだなと感じたのは、従業員全員で掃除をしているのです。

責任者と思われる方も含め、技術系の方、営業の方、事務の方

皆さんがそろって掃除をされている姿がとても印象に残ります。

人は心、いつも清々しい気持ちになれる風景です。

2014年1月26日 (日)

怒るということ

このブログも始めてから2年ほど経ちますが、

最近は個人でブログをしているお寺さんも多いですね。

時々いろんな方のブログを見ては勉強になります。

そんな中で、「怒り」について書かれている記事を見つけました。


『自分の怒鳴り声などを聞くことによって「怒り」が始まる。

怒らないことで怒りの感情に勝ちましょう』


というような内容でしたが、これを実際にやろうとなるとすごく難しいですよね。

怒った時に声を荒げてしまう人は多いでしょうが、

怒るとムッツリ黙り込んで不機嫌になる人もいます。

無理やり笑ってごまかしてしまう人もいると思います。

怒鳴っていないからといって、怒っていないという事にはならないのではないでしょうか?

私は時々思うのですが「怒り」という感情が

「悪」という様に捉えられる風潮があるような気がします。

「怒る」ということはそんなに悪い事でしょうか?

「怒らない」ということがそんなに良い事でしょうか?

喜怒哀楽の言葉にある通り「怒り」は誰もが持っていて当たり前の感情です。

相手の言動に対して自分が「嫌だ」「悲しい」と感じたことを

分かって欲しいと思うから怒るのではないでしょうか?

何かに対して怒ることで、自分の心を守っている一面もあると思います。

私は以前、怒りっぽい性格が嫌で、直そうとしたことがあります。

嫌なことをされても笑うことでそれをごまかしていました。

すると周りから「あんまり怒らないのんき者」と見られるようになりました。

確かにそれで揉めることも少なくなりましたが、

私がはっきり「嫌だ」という意思表示をしなかったため

相手の言動がエスカレートし、周りから自分の考えや気持ちを

ぞんざいに扱われている様に感じることも多くなりました。

その時の私は、自分の気持ちを相手に分かってもらう努力を

していなかったのだと今は思います。

本当に大事なのは「怒る」「怒らない」ではなく、

どうやって相手にそれを伝えるかという事なのでは?と思うようになりました。

当たり前にある感情だからこそ、それと向き合っていくのは難しいですね。

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明日のおみくじ  吉

旅立ちよし先方にて万事控え目たるべし

2014年1月25日 (土)

戒名

仏様の弟子になった時に付ける名前を戒名と言います。

宗派によっては多少意味が異なりますが、法名や法号などとも呼ばれています。

仏教者として守るべきルール(戒律)を守り、仏様の教えを信じ

従って生活していきますと誓った者に対して授けられた名前です。

つまり、本来は生前に戒名を頂くのが理想的な在り方なんだそうです。

最近では亡くなってから戒名を授かることも多くなりました。

これから仏の世界に往くのに俗名のままではいけないということで

死者に戒名を授け、浄土に送り出すのです。

お寺にいるとたくさんの戒名を目にする機会があります。

名前からつけていたり、人柄を表すものだったり、見ていると面白いです。

生まれた時にもらう名前には両親や周囲の人の

こうなって欲しいという願いが込められていますが、

戒名には生前こういう人だったと、感謝の気持ちが込められているように感じます。

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明日のおみくじ  末小吉

えんだんよろし

2014年1月24日 (金)

寿陵

生前に建てるお墓のことを〝寿陵 じゅりょう〟といいます。

長寿や子孫繁栄を招くとても縁起の良いものとして、古くから

伝えられています。秦の始皇帝をはじめ、中国歴代の皇帝は寿陵を

建てていて、日本では聖徳太子も寿陵を建てていたとか。


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現在でも特別なことではなく、朱色で名前や戒名が刻まれている

お墓は寿陵です。子どもが親の墓を建てることは当たり前と

いわれることはありますし、それぞれ考え方があると思いますが、

近頃は終活、エンディングノートのブームのせいか、ご夫婦で入られる

生前墓の需要も伸びているそうです。自分たちの安住の地をもとめて

ということもありますし、「子どもたちに苦労をかけたくない」という

親の優しさもあるようです。



・ ・ 明日のおみくじ  末吉

よろこびごと始め思わしからずとも後おいおいよかるべし

2014年1月23日 (木)

真弓

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枯草色の風景の中に、可愛らしいピンク色の実。

「マユミ」という名を持つそうです。この場所は夏から秋にかけては

セイタカアワダチソウが茂り、ほかの植物が育っていたとは思ってもみない

ところです。すべてが枯れていった今、初めて存在を知りました。

花言葉は「あなたの魅力を心に刻む」。

その言葉のとおり魅力的な植物と感じ、ほかの季節の様子も

見てみたいなと思いました。秋は紅葉もきれいで、実の色も

一段と鮮やかだといわれています。

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今日は日差しが柔らかく 山茶花も優しくみえます



・ ・ 明日のおみくじ   吉

これまでうもれぎの如く世にしられざりしも時節来りて開運に向いたり

2014年1月22日 (水)

冬の庭

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よく冷え込む日々が続いていますが、

細い棒のようだったしだれ梅の枝に蕾が目立つようになってきました。

寒いなかでも成長し、季節は春へ向かっているのですね。

今年は侘助や椿もまだまだ蕾が堅く、お寺の庭はとても静かな色合いです。

参道には蝋梅や山茶花が見え、明るい色合いとなっており、

山門の内と外で、静と動といった様子です。お寺の庭も二月に入れば

きっと侘助がひっそりと花を添えてくれるのではないでしょうか。

楽しみに待ちたいです。


・ ・ 明日のおみくじ  吉

神仏を念じて大いによし

2014年1月21日 (火)

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小鳥のさえずりに誘われて、

上を見上げると藪椿が咲いていました。

少しピンクの混ざったようなオレンジの混ざったような

何とも言えない優しさのある色です。

そういえば昨秋、このあたりにたくさんの椿の実が落ちていたなぁ

と思い返しながら、歩きました。藪椿はとても背が高く、

ほかの樹木と混ざって、まばらに花を咲かせています。

小鳥たちは椿の蜜を吸いにやって来ていたのかも

しれませんね。


・ ・ 明日のおみくじ   末吉

途中苦労多けれど落ちつく先はよろし。決して望みを失うべからず。

2014年1月20日 (月)

慶明寺四国巡礼の旅

先週末、慶明寺花園会の役員会が開かれました。

各役員の皆さまにおかれましては、ご出席ご苦労様でした。

そこで話題になりましたのが、「四国八十八か所巡り」についてです。

「元気で健康なうちに行こう」との声が上がり、今春、実行の運びと

なりました。各檀家様へのご案内も今週末から来週にかけてお届け

できますよう準備しておりますので、楽しみにお待ちくださいませ。

急用ができない限り、和尚も参加を予定しておりますので、

ご参加される方はまた違った楽しみとなるのではないでしょうか。

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ブログでも「慶明寺四国巡礼の旅」をご紹介していこうと

思っておりますので、お付き合いくださいませ。


・ ・ 明日のおみくじ   吉

あきないは 売り買い ともによろし

2014年1月19日 (日)

今日も寒い寒いと思っていたら外では雪が降っていました。

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昨日の晩に降ったようで、早朝には積もっていたそうです。

ほんの一時でしたが、お昼ごろにもちらちらと降っていました。

神戸は寒いですが、あまり雪が降らないので

時々降っているのを見ると、なんだかラッキーな気分になります。

太陽の光を受けてキラキラ光る雪はとても綺麗でした。

明日は夕方から雨になるそうなのでもしかしたら雪が降るかもしれませんね。

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明日のおみくじ  吉

待ち人おそし

2014年1月18日 (土)

ゆとり教育

今日からセンター試験がはじまります。

56万人が志願する今年のセンター試験は、ゆとり教育を受けてきた最後の世代だそうで、

来年からは脱ゆとり教育世代が中心のセンター試験のため、

例年とは出題範囲が全く異なるとか。

そのため浪人して来年受験するとなるとかなり不利な状況になるのだそうです。

ちなみに「ゆとり世代」について明確な定義はないそうですが、

マスコミなどで一般的に言われているのは1987年生まれからの世代です。

驚いたことに30代も一般にいわれるゆとり世代なんですね。

2011年度に学習指導要領が改定されたこともあって今は「脱ゆとり教育」を行っています。

ちなみにこれを書いる私も立派なゆとり世代です。

受験の時、学校から新聞をたくさん読みましょうといわれ、よく読むようにしていたのですが、

教育についての議論になると必ずといっても良いほど

「ゆとり教育」について取り上げられており、

記事を読んでいると「ゆとり教育は失敗。ゆとり教育反対」

といった言葉を目にすることは多々ありました。

これからの受験を目前に、周囲の大人たちからは

未来に希望を持ってなんて言葉を貰いましたが、

公の意見として「自分たちは失敗作だ」と言われたような気がして

なんともいえない気持ちになったことが懐かしいです。

ゆとり教育によって教育格差が生まれたともいわれています。

塾などで勉強したくても家庭の事情で出来なかった子どもたちも大勢いると思います。

こうして考えると、「ゆとり教育」で一番に被害を受けたのは

その時の子どもたちなのかもしれませんね。

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明日のおみくじ  半吉

物事遅れるべからず

2014年1月17日 (金)

十九年が過ぎて

阪神淡路大震災から十九年。

神戸の街もずいぶんと美しくなったように思います。

けれど、人の心が負った傷までは見えません。

「これ以上ないほど頑張っているのに、『頑張れ!』と

声をかけられると辛い。」そんな声も聞きました。

戦争が語り継がれるように

この震災もまた語り継がれていかなくてはいけません。

天災はどうにもなりませんが、防災意識を高く持ち

備えることが大切なのだと思います。
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良いお天気かと思われた空も

みぞれ混じりの冷たい雨となりました。

ご冥福をお祈りいたします。

2014年1月16日 (木)

梅の花

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玄関の瓶花の活け変えと共に事務所にも

梅の一輪挿しがやってきました。事務所はエアコンが付き

暖かいので、梅の花もすぐにぱぁっとほころび、可愛らしい花を

見せてくれています。今日は一日パソコンと向かい合っていたので

この小さな花に目も心も癒されています。

偶然にも昨日は桜、今日は梅の記事となったので、

「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」の「梅」についての記事としましょう。

言葉は悪いですが、梅は痛めつけた方がたくさんの花実が楽しめる

という人もいるほどです。それほど強い木だということもありますが、

梅の性質に前年に伸びた枝に多くの花芽を付けるということが、

理由としてあるようです。生育旺盛な梅の木は剪定を行わないと

どんどん大きくなり、枝も込み合って良い花実を楽しめなくなって

しまいます。そうならないように、「梅切らぬ馬鹿」という言葉が

生まれたのですね。昔の人はうまくいうものですね。


・ ・ 明日のおみくじ  吉

思わぬ方よりたすけを得て仕合せよし

2014年1月15日 (水)

暴れしだれ桜

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駐車場のしだれ桜は植樹後数年が経ち、枝ぶりも
ずいぶんと

立派になってきました。葉の繁っている季節はそうでもなかったの

ですが、冬の間は暴れ気味の枝が駐車スペースや通行スペース

にまで押し寄せて、「危ないのではないか」という声が上がっていました。

「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」

こんな言葉もあるほど桜の木を剪定することは気を使うものです。

下手に切ると切り口から菌が入って腐り、木が駄目になってしまうことが

あるからです。切ってはいけないわけではなく、適切な処理をすれば

剪定は可能だそうですよ。

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けれど、しだれ桜となるとやはり枝ぶりが魅力。ということもあり、

暴れないように紐を使っての誘引が良いということになりました。

いつも植木の面倒を見てくださる檀家さんが朝から数名来てくださり、

良いように誘引してくださいました。思い起こせば、昨冬と比べても

木も枝も太く大きくなったように感じます。春には昨年より美しい桜に

出逢えるのではと心思わずにはいられませんね。


・ ・ 明日のおみくじ  吉

すべてこの人は何事にものち程よろしきかたちなり

2014年1月14日 (火)

梅の生命力

年末にお座敷に生けられていたおもとと梅の瓶花は

お正月のお客さまお迎えのあと、玄関を彩っています。

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年明けも蕾の固かった梅の枝ですが徐々に膨らみはじめ、明日には

花開く姿を見せてくれそうです。朱色のおもとの実と白梅の花、

紅白のおめでたい良い雰囲気となりそうです。

梅の花の生命力には驚かされます。十二月の末に生けるということは

遅くとも十二月上旬には山から切り出されていたはずです。そこから

配送され花市場や問屋、花屋さんを経由してここまで運ばれてきた梅。

そんな梅の枝が持ち合わせた力と水だけを頼りに花を咲かせるのです。

お仏壇の仏花のほんの短い梅の枝でさえ、花が咲くことがあると

いいます。素晴らしく力強い生命の力だと感じます。


・ ・ 明日のおみくじ   吉

心だてまじめにし、辛抱強くあるべし。今は苦労ありとものちよし。

2014年1月13日 (月)

花然えんと欲す

今日は成人の日ということで祥福僧堂の木村太邦老子のお話を載せたいと思います。

昔、お釈迦様が生まれる前の話です。

道を求めて若者が、ヒマラヤ山中で修行しておりました。

神は、この若者の誠を試そうと、悪鬼羅刹の姿となって現れ、

   「諸行無常 是生滅法」

と唱えました。

若者は、これを聞いて、深く心に沁みるものを感じました。

ところが、言葉はそこで途絶えて、後が続きません。

若者は、必死になって声の主を探し求めました。

夜叉を探し出し、続きを聞きたいと願います。

夜叉は条件を出しました。若者は承知しました。

そこで、夜叉は、後半を語りました。

  「生滅滅已 寂滅為楽」

若者は、この言葉を後世の人々の為に木と石に彫り付け、

やおら木に登り、身を躍らせて飢えた夜叉に与えました。

この偈(詩)を、日本語の今様の歌に替えたものが「いろは歌」です。

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  色は匂えど 散りぬるを

  我が世 誰ぞ常ならむ

  有為の奥山 今日越えて

  浅き夢見じ 酔ひもせず



般若心経の文字で言えば、色即是空 空即是色、と言えましょうか。

古人は、四行詩のそれぞれに、一字の語を配しました。

三宝こと、仏法僧宝の四文字です。

諸行無常には仏、是生滅法には法、生滅滅已には僧、寂滅為楽には宝をおきました。

仏とはどのようなお方か。諸行無常の現実に、ぐっと耐えることのできるお方だ。

法とは何か。諸行無常という生滅の法だ。

僧とはどのような人か。生滅ともに滅し已った者だ。

頭を剃った剃らないではない。

四苦・八苦というが、楽は有るのか。有る。

生滅滅し已った、そこに現前する、何ともいえない、シーンとした禅定の明るさ。

これこそ人生苦を楽に転ずる至宝なのだ。

わたしたちは、諸行無常の理には頷けても、

諸行無常の現実には、なかなか耐えられません。

仏様、とはいかないのです。

しかし、諸行無常(すべてのものうつりゆく)とは、三法印第一の理なのです。

ならば、僧とは何か。ここでは出家者に限りません。

仏道を歩まんとする、檀信徒の方々全てを含めてのことでありましょう。

わたしたちは、諸行無常には耐えられなくとも、

僧伽の一員として、生滅滅し已った、空の境地に立っていなくてはならないと

「夜叉説半偈」は説くのです。

何か余計なものを持っており、どこか足りないままに生きているのが、

わたしたちの現実ではありますが、

ならばこそなおさら空の立場に立つことが必要だ、というのです。

「般若心経」は、色即是空という理を教えてくれます。

しかし、どうすれば空になれるかということは、どこにも説かれておりません。

空になる実践を行っている場所、それが道場です。

「倍返し」で話題になった、「半沢直樹」に、一度ならず、

県道の道場で、主人公と同期の友が、剣道着をつけ面を被って、

しないで稽古をする場面がありました。

迷っている友を元気づけるために、当の主人公もそれなりに迷っているのですが、

二人が、持てるすべてを尽くして打ち込む猛烈な稽古は、

空が開ける一つのやり方でありましょう。

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禅の道場では、竹刀も使いません。

無字一本でこれをやります。

風呂を焚くのも、

山から木を切り出すのもこれです。

気力を込め、力を尽くして、

身も心も、仕事に打ち込んだところ、


そこが無字一本になった所であり、色即是空の端的です。

山岡鉄舟は、九歳で剣の道に志し、

鬼鉄と言われるほど真っ黒になって稽古した方ですが、

三十をまえにして、迷いに迷いました。

孔子のように、三十にして立つ、とはいかなかったのです。

鉄舟は、ここで、想いを新たにして、良き師を求めました。浅利又七郎義明です。

早速立ち合って、非力の自分を悟ります。鉄舟二十九歳の時です。

それからは、浅利先生に打ち勝つ工夫を一心にするのですが、ままなりません。

世に「幕末の争乱にあっては、死を賭して江戸百万の難を救った」

と称えられる偉業は三十三歳の時のことです。

しかし、浅利先生の金縛りから脱するには、後十年を待たねばなりませんでした。

昼は稽古に励み、夜は坐禅に徹し、工夫を重ね続けます。

ある明け方、徹宵夜坐のまま、手を挙げて剣の構えを凝らしてみると

いつもは山の如く泰然と現れて、鉄舟を苦しめた浅利先生の幻影がありません。

何か変わったなと思い、浅利先生に使いを出すと、先生は喜んでかけつけてくれます。

道場で木刀を構えて相対しますと、先生はすぐ構えをといて、

「子すでに達せり」と言って目録を下さいました。

続けて数年、鉄舟はいよいよ精究して、目録の内容はそのままに、

名称を一刀流から無刀流へと換えます。

その理由を簡潔に語ってくれております。

無刀とは、心の外に刀無しと云事にして三界唯一心也。

一心は、内外本来無一物なるが故に敵に対う事前に敵なく、

後ろに我なくして妙応無方朕跡を留めず。

是余が無刀流と称するわけなり。

苦心に苦心を重ねて、空が開けて、何物にもさえられず、

剣を自由自在に使えるようになったのです。

そして「朕跡を留めず」です。

使って使った跡をも残しません。

もとの無一物底にスゥーッとかえる。空から空へです。

丑年が参りました。若い人に臨むことは、伝馬駒の如く、東に西に、

七縦八横、然えに然えて交馳し、やがて八十、九十になった折には、

自ら、おのずからに、然り(こいつだ!)と言える人生を、

この無常の世に一人一人が打ち樹てて欲しいものであります。

    江碧鳥逾白  山青花欲然

 江碧にして鳥逾白く、

        山青うして花然えんと欲す。   (禅林句集)

 

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                               活歩活歩   河野太通老師

2014年1月12日 (日)

こおり

毎朝冷えますね。

今朝噴水のところを見てみると薄く氷が張っていました。

水かけ観音様の水も凍てついています。

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最近では4月くらいまで寒い日が続きますが、

それでも冬至を過ぎて日の入りが少し遅くなってますね。

以前は5時には真っ暗になっていましたが

最近はまだほんのりと明るさを感じられます。

本当に少しずつの変化に、時間の流れや季節の移り変わりを実感させられますね。

暦上ではもうすぐ春です。

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明日のおみくじ  大吉

よろこびごとすべて十分よし

2014年1月11日 (土)

鏡開き

今日は鏡開きの日ですね。

関西では15日に行う地域が多いですが、一般的には11日なんだとか。

お正月にお供えしたおもちを汁粉やお雑煮にして食べることで

一年の無病息災と延命を願います。 

元々は武家の習わしだったものが一般化したそうで、

刃物で切るのは切腹を連想させるため木槌を用いたりそのまま手で割ったりします。

言葉も「切る」という言葉を避け、「開く」と縁起の良い言葉を用いています。

こういった昔ながらの習慣を調べてみると、昔の人が言葉の響きや縁起などを

とても大切にしていたことがよく分かります。

風習や習わしにもいろんな意味や想いが込められているということを

忘れずにこれからも受け継いでいきたいですね。

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               声とほる 鏡開きや 春隣りとは  柳田亜紀

明日のおみくじ  吉

えんだん叶いがたし、ゆるくしてよし

2014年1月10日 (金)

蝋梅の実

冷たい風の中、今日も蝋梅が美しいです。

昨年よりずっと気になっていたものがあり、それは蝋梅の幹に

ついている実のようなものです。少し調べてみると、やはり実であり

中には小豆大の種が数個入っているということでした。

自然に落下し、発芽することもあるそうですよ。種から育てると

7、8年で花が楽しめるようになるとのこと。けれど、花木を種から育てる

ことは思うだけでも大変そうです。

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クチナシの実のように利用方法はないのかなと思いましたが、蝋梅の種は

強い毒性を含んでいるようでなかなか有効な利用方法はなさそうです。

けれど、良い香りの花や蕾から採取される「蝋梅油」は生薬として

使われているそうですよ。かたや良薬、かたや毒物なんて

同じ一本の木なのに不思議ですね。


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・ ・ 明日のおみくじ   半吉

おいおい立身すべきしるしあり。物事遅れるべからず。

 

2014年1月 9日 (木)

年忌表

冬らしいスッキリとしない天候が続きます。

さて、檀家の皆さまはご存知だと思いますが、慶明寺では年の初めに

「年忌表」をお配りしております。今年年忌に当たられる方の一覧を

冊子にしたもので、年始にご来寺された方へお渡ししております。

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亡くなられてから三回忌を迎えるまでは何かと忙しく、気持ちも

落ち着かないまま過ぎるものですが、五年、十年と経つにつれ、仏様事も

日々の生活に溶け込んで、ふと「今年は年忌だったかしら?来年かしら??」

と考えることもあると思います。また代替りによって、故人を直接知る人が

いなくなることもあります。そんな時にこの年忌表が役立ってくれれば

幸いです。

時々年忌法要を行う時期について尋ねられることがあります。

一般的には命日より前に行うことが良いとされています。また同じ年に

複数の年忌が重なるときには一緒に法要を行うこともあります。この場合、

若い数の年忌の方に合わせて行うことが多いようです。親族の方々が

度々集まることが困難な場合は近い年忌を繰り上げて、合わせて

行うこともありますね。

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余談ですが、当寺の年忌表は表紙の色が毎年違います。これはなぜか

いいますとその年の干支のイメージカラーで決めているからです。

今年は午年なので「茶色」ということになりました。


・ ・ 明日のおみくじ   吉

わが思うのぞみは遂げて、もち月の光かがやく身とぞうれしき

2014年1月 8日 (水)

雨の六地蔵巡り

冷たい雨が降っています。

雨上がりにはまた寒くなるとか。

そんなお天気のなかですが、六地蔵巡りでお越しになる方が

ちらほらりといらっしゃいます。新年を迎えての巡礼なのでしょう。

 「雨の中、ご苦労様です。」といいますと、「今日の雨はまだ

 暖かいですよ。」とにこやかにおっしゃられ、車で巡られているようでも

ない服装なのに雨を苦とは思われていない様子が、清々しく感じられました。

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青雲万里心 ・ ・  せいうんばんりのこころ  ・ ・

大空に青雲がたなびくように志を高く持って、どこまでも果てしなく羽ばたき、

心を広く持って、一つの道をただひたすらに歩み続けることが何よりも大切である。


・ ・ 明日のおみくじ   末吉

よろこび事便りすくなし。神仏を念じてよし。

2014年1月 7日 (火)

霜の花

今朝はよく冷え込みましたね。

庭の葉も花もすべてが凍てついていました。

水かけ観音さまの水も凍りつき、水の跳ねる音も聴こえません。

サツキや竜のひげにも厚い霜が降りて、普段とはまた違った風景です。

まるで白い花が咲いたようにみえることから、古人は「霜の花」と呼び、

儚いひとときの花を愛でていたそうです。

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朝日を浴びると解けて消えてしまう、その儚さが心をつかむのでしょう。

光を浴びてキラキラと輝き消えるまでのほんの少しの時間が一番美しい

のかもしれません。

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みし秋の千種はのこる色なくて霜の花さく野辺の朝風   飛鳥井雅親


・ ・ 明日のおみくじ   吉

気を長くして何なりと我が身にふさわしき仕事に力を入れよ

2014年1月 6日 (月)

仕事始め

今日は「仕事始め」という方もきっと多いでしょう。

お正月の少し浮かれたような、いつもとは違った忙しさに

追われるような雰囲気からようやく抜け出した感じですね。

日常の生活に戻ってくると穏やかな日々だなと思います。

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日出乾坤輝〟

乾坤とは天地万物のこと。

太陽が昇り、その光に照らされて世界が輝きはじめる。

生命の躍動を感じさせる様子は、新しい年の始まりによく合う言葉ですね。

今まさに日出乾坤輝のとき。新年を無事迎えられたことに感謝して

心新たに頑張りたいと思います。


・ ・ 明日のおみくじ  半吉

末は大きに仕合せよし

2014年1月 5日 (日)

いちご世代の日

今日1月5日は「いちご世代の日」らしいです。

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「いち(1)ご(5)」の

語呂合わせから、

高校受験を控えた

15歳の世代「いちご世代」に

エールを送る日なんだとか。



世間もやっとお正月ムードが抜けてきたころですが、

受験生には正月を楽しむ余裕はあまりなかったかもしれませんね。

合格祈願の文字が書かれたお菓子が売られているのを見ると

いよいよ受験シーズンなんだなぁと思います。

受験生にとっては今が追い込みの時期で大変かもしれませんが

自分の将来や夢のためにも頑張ってほしいですね。

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明日のおみくじ  半吉

そしょうごとかないがたし

2014年1月 4日 (土)

謹賀新年

明けましておめでとうございます。

気が付けばあっという間にもう4日が過ぎました。

今年も除夜の鐘の時から多くの方に来ていただけました。

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このブログも始めてから3年目です。

皆さんによりお寺に親しみを持ってもらえるように、

これからも日々の何気ないことがらを

綴っていきたいと思いますので

息抜き程度にのんびりご覧ください。

今年もよろしくお願いします。

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