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2014年1月13日 (月)

花然えんと欲す

今日は成人の日ということで祥福僧堂の木村太邦老子のお話を載せたいと思います。

昔、お釈迦様が生まれる前の話です。

道を求めて若者が、ヒマラヤ山中で修行しておりました。

神は、この若者の誠を試そうと、悪鬼羅刹の姿となって現れ、

   「諸行無常 是生滅法」

と唱えました。

若者は、これを聞いて、深く心に沁みるものを感じました。

ところが、言葉はそこで途絶えて、後が続きません。

若者は、必死になって声の主を探し求めました。

夜叉を探し出し、続きを聞きたいと願います。

夜叉は条件を出しました。若者は承知しました。

そこで、夜叉は、後半を語りました。

  「生滅滅已 寂滅為楽」

若者は、この言葉を後世の人々の為に木と石に彫り付け、

やおら木に登り、身を躍らせて飢えた夜叉に与えました。

この偈(詩)を、日本語の今様の歌に替えたものが「いろは歌」です。

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  色は匂えど 散りぬるを

  我が世 誰ぞ常ならむ

  有為の奥山 今日越えて

  浅き夢見じ 酔ひもせず



般若心経の文字で言えば、色即是空 空即是色、と言えましょうか。

古人は、四行詩のそれぞれに、一字の語を配しました。

三宝こと、仏法僧宝の四文字です。

諸行無常には仏、是生滅法には法、生滅滅已には僧、寂滅為楽には宝をおきました。

仏とはどのようなお方か。諸行無常の現実に、ぐっと耐えることのできるお方だ。

法とは何か。諸行無常という生滅の法だ。

僧とはどのような人か。生滅ともに滅し已った者だ。

頭を剃った剃らないではない。

四苦・八苦というが、楽は有るのか。有る。

生滅滅し已った、そこに現前する、何ともいえない、シーンとした禅定の明るさ。

これこそ人生苦を楽に転ずる至宝なのだ。

わたしたちは、諸行無常の理には頷けても、

諸行無常の現実には、なかなか耐えられません。

仏様、とはいかないのです。

しかし、諸行無常(すべてのものうつりゆく)とは、三法印第一の理なのです。

ならば、僧とは何か。ここでは出家者に限りません。

仏道を歩まんとする、檀信徒の方々全てを含めてのことでありましょう。

わたしたちは、諸行無常には耐えられなくとも、

僧伽の一員として、生滅滅し已った、空の境地に立っていなくてはならないと

「夜叉説半偈」は説くのです。

何か余計なものを持っており、どこか足りないままに生きているのが、

わたしたちの現実ではありますが、

ならばこそなおさら空の立場に立つことが必要だ、というのです。

「般若心経」は、色即是空という理を教えてくれます。

しかし、どうすれば空になれるかということは、どこにも説かれておりません。

空になる実践を行っている場所、それが道場です。

「倍返し」で話題になった、「半沢直樹」に、一度ならず、

県道の道場で、主人公と同期の友が、剣道着をつけ面を被って、

しないで稽古をする場面がありました。

迷っている友を元気づけるために、当の主人公もそれなりに迷っているのですが、

二人が、持てるすべてを尽くして打ち込む猛烈な稽古は、

空が開ける一つのやり方でありましょう。

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禅の道場では、竹刀も使いません。

無字一本でこれをやります。

風呂を焚くのも、

山から木を切り出すのもこれです。

気力を込め、力を尽くして、

身も心も、仕事に打ち込んだところ、


そこが無字一本になった所であり、色即是空の端的です。

山岡鉄舟は、九歳で剣の道に志し、

鬼鉄と言われるほど真っ黒になって稽古した方ですが、

三十をまえにして、迷いに迷いました。

孔子のように、三十にして立つ、とはいかなかったのです。

鉄舟は、ここで、想いを新たにして、良き師を求めました。浅利又七郎義明です。

早速立ち合って、非力の自分を悟ります。鉄舟二十九歳の時です。

それからは、浅利先生に打ち勝つ工夫を一心にするのですが、ままなりません。

世に「幕末の争乱にあっては、死を賭して江戸百万の難を救った」

と称えられる偉業は三十三歳の時のことです。

しかし、浅利先生の金縛りから脱するには、後十年を待たねばなりませんでした。

昼は稽古に励み、夜は坐禅に徹し、工夫を重ね続けます。

ある明け方、徹宵夜坐のまま、手を挙げて剣の構えを凝らしてみると

いつもは山の如く泰然と現れて、鉄舟を苦しめた浅利先生の幻影がありません。

何か変わったなと思い、浅利先生に使いを出すと、先生は喜んでかけつけてくれます。

道場で木刀を構えて相対しますと、先生はすぐ構えをといて、

「子すでに達せり」と言って目録を下さいました。

続けて数年、鉄舟はいよいよ精究して、目録の内容はそのままに、

名称を一刀流から無刀流へと換えます。

その理由を簡潔に語ってくれております。

無刀とは、心の外に刀無しと云事にして三界唯一心也。

一心は、内外本来無一物なるが故に敵に対う事前に敵なく、

後ろに我なくして妙応無方朕跡を留めず。

是余が無刀流と称するわけなり。

苦心に苦心を重ねて、空が開けて、何物にもさえられず、

剣を自由自在に使えるようになったのです。

そして「朕跡を留めず」です。

使って使った跡をも残しません。

もとの無一物底にスゥーッとかえる。空から空へです。

丑年が参りました。若い人に臨むことは、伝馬駒の如く、東に西に、

七縦八横、然えに然えて交馳し、やがて八十、九十になった折には、

自ら、おのずからに、然り(こいつだ!)と言える人生を、

この無常の世に一人一人が打ち樹てて欲しいものであります。

    江碧鳥逾白  山青花欲然

 江碧にして鳥逾白く、

        山青うして花然えんと欲す。   (禅林句集)

 

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                               活歩活歩   河野太通老師

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コメント

タイトルが素晴らしいです。心に響く何かがあります。
このお話は、ちょっと難しいですが、成人の日として、また、年寄りにしても
何よりのお話です。
諸行無常、是生滅法、般若心経、色即是空、三法僧法、鉄舟、武刀流
空から空、等等が印象に残りました。
諸行無常については、平家物語を思い起こします。よく覚えようとしました。
  祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
  沙羅双樹の花の色 ・・・・・・・
祥福寺は、禅の根本道場として確立し妙心寺を支えています。
昭和期では、昭和期の最高の禅僧として名高い、山田無文老師(1900~1988、
祥福寺僧堂師家・花園大学学長・官長)、山田牙文老師(祥福寺僧堂師家・花園
大学学長・官長は不明)、平成の現在無文老師に師事した、河野太通(祥福寺僧
堂師家・花園大学学長・官長)等です。
山田牙文老師については、あまり知られていないと思いますが、当家には、
昭和32年(1957)山田牙文著、「歌集・北京の秋」なる小冊子があります(祥福寺
真人会発行、第7号)。誰かに頂いたものと思いますが覚えていません。
 巻頭歌に、 たたなわる白雲のうえ月よみの月をまじかにさえわたりゆく
 巻末の漢詩に、 無限温情何日酬 (限り無き温情何の日か酬いん)
僧堂師家木村老師の説法を拝見し、無文老師、小冊子を思い出しコメントしました。
 老師の説法に感謝し、長文のブログ作成者にお礼を込め。
                                      播州の旅人  九拝
  

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